頭の良さとは、ところで何なのか?
最近ITの導入で、外国人に向けに行っており、プロジェクトメンバーが日英のバイリンガルが中心なんですが、グループの中に英語しか話せないメンバーがいるので、ほぼ全て英語でコミュニケーションをしています。
そこでその主要なメンバー(リーダー)が白人で流暢な日本語を話し、かつ米国でMBAを取った方なのですが、一見とてもスマートに見えるんですが、どうも違和感があったので、書いてみたいと思います。
「抽象度」が極めて低い。。
あまり書くと、悪口になるので、悪口ではなく一般論としてとらえていただきたいです。
まずその違和感の理由は、抽象度の低さです。抽象的な思考が弱いため概念や全体像を俯瞰して見るということができないように思いました。そのためいつも「具体性」や「詳細」を求められます。物事を具体的になればなるほど、その人のアイデアや経験、知識をほとんど使うことができなくなります。要するに、仕事にアドリブがなくなるという意味で、「マニュアル」化された業務となります。
この方がそれにあてはまるかどうかは未確定なんですが、幼少期からバイリンガル(例えば、片親のどちからが日本人もしくは外国人や、日本語圏にいながら家庭では英語をしゃべる環境や、またその逆)の人に「抽象度が低い」なぁと感じる人によく出会いました。
これは、僕の個人的な意見ですが、「言語=思考」です。プログラミングを書いていたらまさに、プログラミング言語はまさに思考(アルゴリズム)です。ただ、幼少期から「バイリンガル」となると、思考のための言語が2つ、もしくは3つになるため、言葉にエネルギーがとられすぎて、深い考察や概念まで行きつかない人によく出会います。こ
プログラミングで例えると、JAVAやPHP, Paythonなどいくつも理解できるが、何を書いたら(どのようなソフトウェアを作ったら)良いかというのがわからないという状況に似ています。
物心つく前にバイリンガルになった方は、語学が堪能なので、頭がよく見えるのですが、浅い日常会話はできるが、深い考察ができないという方が多いように感じてます。個人的に一番、良いのは、どちらかの言語を土台にしてた後で、他の言語を道具として学んだ方が言語習得には遠回りにはなりますが、思考は鍛えられて、抽象度を上げることができると思います。
「抽象度が高い=頭が良い」
個人的に思っている「頭の良さ」のは、抽象思考がいかに高いかだと思っています。それとは逆に抽象度が低い業務というのは、完全にマニュアル化された「マックジョブ」です。
それとは反対に抽象度の高い仕事は、「どうしたら世界は平和になりますか?」という内容となります。
日本の教育は特に「記憶力」のみが評価されるので、これはまさに抽象度が低い教育だと思います。加えて、抽象度の低い仕事は、間違いなくITとAIに置き換わります。
抽象度が高いと、物事を俯瞰してみることができ、全体像や本質を見極め、ちょっと先の将来の予見や審美眼を養うことができます。その抽象度が高いことこそが、「あなたのオリジナリティー」とも言えます。
抽象度が低い状態で大人になると結局、何をしたら良いのかが見えなくなり、転職を繰り返したり、「自分探しの旅」に出るようなことが怏々として起こりがちです。
抽象度を上げる前には、まずは情報(リサーチ)
「さぁ、抽象度を上げて物事を見ましょう!」と言っても、おそらく無理だと思います。
抽象度が高いと低いは、考えの枠組みの大きさになります。抽象度を上げるということは、見えないことを、頭の中で見えるようにすることでもあります。そのためには、深く考えるだけでなく、考え続ける「持久力」が必要となります。
そして、最も重要なのが、考えるためには、まず「情報」が必要です。これを料理に例えると、料理には「具材」が必要です。考えるための具材がまさに「情報」で、その具材で作った料理が「仮説」(考え)となります。多くの情報があればあるほど、複雑な料理を作れるのと似ています。
しかし、多くの場合は、以下のプロセスで情報を集めています。
よく見る思考パターン。
- 1.まず自分の「思い込み」からスタート。
- 2.その「思い込み」に合った情報収集。
- 3.「思い込み」に確信を持つ!(そりゃ、そうだろう。)
- 4.行動(結局、思いこみのため、失敗するケースが多い)
ここの問題は、「思い込み」からスタートしていることです。僕は大学教員をしていたこともあるんですが、大学の先生もこれが顕著にみられます。これを料理に立てると、まず作るものがあらかじめ決まっている状況です。これは実は、何も考えていない状態です。抽象度をあげるうんぬんの前に、スタートすら立っていません。。
あるべき思考パターン
- 1.まず何も考えずにただ情報を集める。
- 2.集めた「情報」から物事を考え「仮説」を導く。
- 3.さらに「情報」を集め、仮説を検証する。
- 4.仮説に確信がもてたら行動を実行する(多くの場合、まず失敗がない)
これは、まずあるべき現象や、最新情報、勉強して情報をひたすら集めた後に、自分の答えを出すということです。これを料理にたとえると、「まかない料理」に似ています。あまっている具材(情報)から、料理を作る(仮説を導く)ということです。
読書家と言われている人にも、顕著にこの例が出ているのをよく見ます。
要するに、同じ系統の本ばかり読む人です。これは情報を入れているのではなく、「俺の考え間違ってないよね」と自分の思い込みを肯定してほしいというのが読書の動機となっています。
読書の基本的な動機は、新しい価値観や情報の取得です。
「頭が良く」なることでの効果。
記憶に偏った頭の良さではなく、抽象度を上げ、情報から自分の考えを導きだせるようになると、ほとんどのことで大きな失敗しなくなります。自分の思い込みではなく、社会の状況や、最新の情報から自分の考えを作っているので、世の中や、物事と自分のズレがなくなってきます。
僕が見る限り、あまり成功していない人を見ると、その人の能力というより、世の中とちょっとズレている、けどそのことに本人が気が付いていないという感じですかね。昔こんな記事(学歴も良く、キャリアも良い人が、どうも最近、上手くいっている人が少ないので、何故か考えてみました。)を書いたのでこちらもよければ読んでみてください。
頭が良くなると、自己(自意識)から解放されます。要するに、自分の殻から飛び出すことができます。そうなると、難しいだろう、無理だろうと思われていることでも、自分には関係なくなり、あっさりできたりします。他人の思い込みや一般常識にあまり、影響を受けなくなります。
ぜひ、「頭を良くしましょう!」(笑)
こんな人におススメ
- なんか最近、うまくいってない人。
- 失敗つづきの人。
書評/論評
『頭の良さ』とは何か?なぜ、『頭が良く』ないといけないのか?をちょっと考察してみたいと思います。
更新日:
頭の良さとは、ところで何なのか?
最近ITの導入で、外国人に向けに行っており、プロジェクトメンバーが日英のバイリンガルが中心なんですが、グループの中に英語しか話せないメンバーがいるので、ほぼ全て英語でコミュニケーションをしています。
そこでその主要なメンバー(リーダー)が白人で流暢な日本語を話し、かつ米国でMBAを取った方なのですが、一見とてもスマートに見えるんですが、どうも違和感があったので、書いてみたいと思います。
「抽象度」が極めて低い。。
あまり書くと、悪口になるので、悪口ではなく一般論としてとらえていただきたいです。
まずその違和感の理由は、抽象度の低さです。抽象的な思考が弱いため概念や全体像を俯瞰して見るということができないように思いました。そのためいつも「具体性」や「詳細」を求められます。物事を具体的になればなるほど、その人のアイデアや経験、知識をほとんど使うことができなくなります。要するに、仕事にアドリブがなくなるという意味で、「マニュアル」化された業務となります。
この方がそれにあてはまるかどうかは未確定なんですが、幼少期からバイリンガル(例えば、片親のどちからが日本人もしくは外国人や、日本語圏にいながら家庭では英語をしゃべる環境や、またその逆)の人に「抽象度が低い」なぁと感じる人によく出会いました。
これは、僕の個人的な意見ですが、「言語=思考」です。プログラミングを書いていたらまさに、プログラミング言語はまさに思考(アルゴリズム)です。ただ、幼少期から「バイリンガル」となると、思考のための言語が2つ、もしくは3つになるため、言葉にエネルギーがとられすぎて、深い考察や概念まで行きつかない人によく出会います。こ
プログラミングで例えると、JAVAやPHP, Paythonなどいくつも理解できるが、何を書いたら(どのようなソフトウェアを作ったら)良いかというのがわからないという状況に似ています。
物心つく前にバイリンガルになった方は、語学が堪能なので、頭がよく見えるのですが、浅い日常会話はできるが、深い考察ができないという方が多いように感じてます。個人的に一番、良いのは、どちらかの言語を土台にしてた後で、他の言語を道具として学んだ方が言語習得には遠回りにはなりますが、思考は鍛えられて、抽象度を上げることができると思います。
「抽象度が高い=頭が良い」
個人的に思っている「頭の良さ」のは、抽象思考がいかに高いかだと思っています。それとは逆に抽象度が低い業務というのは、完全にマニュアル化された「マックジョブ」です。
それとは反対に抽象度の高い仕事は、「どうしたら世界は平和になりますか?」という内容となります。
日本の教育は特に「記憶力」のみが評価されるので、これはまさに抽象度が低い教育だと思います。加えて、抽象度の低い仕事は、間違いなくITとAIに置き換わります。
抽象度が高いと、物事を俯瞰してみることができ、全体像や本質を見極め、ちょっと先の将来の予見や審美眼を養うことができます。その抽象度が高いことこそが、「あなたのオリジナリティー」とも言えます。
抽象度が低い状態で大人になると結局、何をしたら良いのかが見えなくなり、転職を繰り返したり、「自分探しの旅」に出るようなことが怏々として起こりがちです。
抽象度を上げる前には、まずは情報(リサーチ)
「さぁ、抽象度を上げて物事を見ましょう!」と言っても、おそらく無理だと思います。
抽象度が高いと低いは、考えの枠組みの大きさになります。抽象度を上げるということは、見えないことを、頭の中で見えるようにすることでもあります。そのためには、深く考えるだけでなく、考え続ける「持久力」が必要となります。
そして、最も重要なのが、考えるためには、まず「情報」が必要です。これを料理に例えると、料理には「具材」が必要です。考えるための具材がまさに「情報」で、その具材で作った料理が「仮説」(考え)となります。多くの情報があればあるほど、複雑な料理を作れるのと似ています。
しかし、多くの場合は、以下のプロセスで情報を集めています。
よく見る思考パターン。
ここの問題は、「思い込み」からスタートしていることです。僕は大学教員をしていたこともあるんですが、大学の先生もこれが顕著にみられます。これを料理に立てると、まず作るものがあらかじめ決まっている状況です。これは実は、何も考えていない状態です。抽象度をあげるうんぬんの前に、スタートすら立っていません。。
あるべき思考パターン
これは、まずあるべき現象や、最新情報、勉強して情報をひたすら集めた後に、自分の答えを出すということです。これを料理にたとえると、「まかない料理」に似ています。あまっている具材(情報)から、料理を作る(仮説を導く)ということです。
読書家と言われている人にも、顕著にこの例が出ているのをよく見ます。
要するに、同じ系統の本ばかり読む人です。これは情報を入れているのではなく、「俺の考え間違ってないよね」と自分の思い込みを肯定してほしいというのが読書の動機となっています。
読書の基本的な動機は、新しい価値観や情報の取得です。
「頭が良く」なることでの効果。
記憶に偏った頭の良さではなく、抽象度を上げ、情報から自分の考えを導きだせるようになると、ほとんどのことで大きな失敗しなくなります。自分の思い込みではなく、社会の状況や、最新の情報から自分の考えを作っているので、世の中や、物事と自分のズレがなくなってきます。
僕が見る限り、あまり成功していない人を見ると、その人の能力というより、世の中とちょっとズレている、けどそのことに本人が気が付いていないという感じですかね。昔こんな記事(学歴も良く、キャリアも良い人が、どうも最近、上手くいっている人が少ないので、何故か考えてみました。)を書いたのでこちらもよければ読んでみてください。
頭が良くなると、自己(自意識)から解放されます。要するに、自分の殻から飛び出すことができます。そうなると、難しいだろう、無理だろうと思われていることでも、自分には関係なくなり、あっさりできたりします。他人の思い込みや一般常識にあまり、影響を受けなくなります。
ぜひ、「頭を良くしましょう!」(笑)
こんな人におススメ
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