40歳から突然「ミニマリスト」に目覚めた男のブログ。少ないモノで高付加価値を生む道具たち。

道具選びは、人生を変える。

About Me

プロフィール:僕のスタート

子どもの時、なんだかんだで、めちゃくちゃ苦労して、大人になってわかった「アダルト・チルドレン」。

米国留学した後、家出することになり、プチホームレスをしながら、就職活動。対人は苦手だけど、文章なら書けそうだなぁと思い、そういう感じの仕事に応募して内定を受けたのが原料市況を扱う通信社。

基本はマイペース系の正確なんだけど、後天的な環境のせいで、めちゃくちゃ責任が強く、はじめて入社した通信社で、1年目の時、分析系の記事を書いたら財閥会社がそれを採用(バルト海や黒海に派遣)。

デスクと社長がビックリ。。仕事は好きじゃないけど、評価はされるみたい。その後、責任感の強い性格なのか、次に回ってきたのが、親父の介護(末期の膵臓がん)。因みに、親父は酒乱のアル中で、DV魔王。会社を辞め、それを一人で約1年するハメになり、金ない、嫌な親父の世話で地獄を見ている時、在宅でできる仕事はないかとITとインターネットと出会う(ついでに、賞金欲しさに応募した小説が受賞するというおまけ付き)。

その後、何故かインターナショナルスクールで直前にぶっちした国語の先生の代役となり、ついでに、バイトのくせに、やらなきゃいいのに、自分で火中の栗を拾いにくように、バイリンガルのカリキュラムの設計も始める。これももめにもめたが、1年で土台ができた。「マネージャーにならないか」みたいなお話ももらったが、まだ20代後半、人の管理はやっぱり苦手。

もう「普通のサラリーマンになりたい」と思い再び、就職活動を始める。世の中は、景気が良いみたいで、仕事は評価されてきたから、「大丈夫だろう」と高を括っていたら、まったく決まらない。。「ヤバイ」と焦りだした時、何故か、「大学の先生にならないかって」いうお話しをもらい、よくわからないまま契約にサイン。。これがまた地獄の1丁目。

プロフィール:地獄の1丁目

最初は、大学の職員がなにかと思っていたら、任期の教員だとのこと。国の事業を専属にするよくわからんポジションで、雇用期間はながくて5年。そこでもまた、普通のサラリーマンになりそびれる。「聞いてないよー」って、ダチョウ倶楽部の上島竜兵の声がこだましても時はすでに遅し。契約書なんか、あってないようなもの、月収30万円って書いていたけど、手取り17万円に直前にすり替えられる。一人なら、なんとかできると思ったけど、結婚してお腹の中には赤ちゃんが一人。。「こんなんで扶養なんか、できませんから」って波田陽区がこだましても全ては後の祭りでした。

また、責任感の鬼で、無理難題をすべてやりきる。一番きつかったのが、あと5ヶ月で年度予算を全て消化しないといけなかった時。「余ったら、次年度に繰り越したらいいじゃん」と言ったら、ドキツー怒られた。予算を使いきらなかったら、お上から次年度の予算はカットされるから、5ヶ月で使い切れとの命令。「日本の借金が増える理由がわかりました」とは言わなかったが、ロス・ニューヨーク・韓国・インドに視察から、セミナーイベントの開催、カリキュラムの土台なんかを完成。

五ヶ月で年間予算を消化し、全ての計画を完璧にやったから、絶対に褒められると思って満面の笑顔で、教授会で報告すると、「あれ、あれ、雰囲気が暗いんですけど」と、そこで気づく。。まぁ、よくある派閥ってやつで、このよくわからん国のプロジェクトを巡って、派閥で対立していたみたい。「そんなん、オレ知らんがなぁ」って言ったって、だれも味方なんていないから、もう、何も決まらない、邪魔はするはで、ストレスマックスで、30代になった後、腰痛マックス。

ほんで、地方の大学は2009年問題(生徒数と大学数の逆転)から、多くは中国から留学生。このプロジェクトは国民の血税で留学生に特殊教育を行う。また実態は、人事や昇進(准教授=>教授)のために利用されている節がほとんどで、毎月17万円(途中23万)で「僕、鬱になりました」。

プロフィール:地獄の2丁目

プロジェクトの最終年になった後、悩みに悩みまくって、起業を決断。もう年もくったし、中途採用にしてはキャリアがようわからん。それに、やっぱり人が苦手。。「自由になりたかった」と30歳前半デビューの尾崎豊。その年は、最後のセミナーも終わり、家に帰ると「東日本大震災」。。世間が真っ暗になった後、それと同じように、ここからの起業はまさに真っ暗闇になった。問題は単純、何を売ったらよいのか?誰に売ったら良いのか?どうやって売ったらよいのか?が分からなかった。。「致命的やん。。」って思うけど、本当に何も考えてなかった。。

まったくお金は入ってこない、「ヤバイ」けど、コツコツ5年で積み上げた貯蓄もあるし、それを崩すかと思った時、「あれあれ、銀行口座の桁が少なくね。。」と気がつく。管理していた奥さんの使い込みが発覚。義理のお父さんに仕送りしていたみたい。「へー、いい話だね」って、なりませんから!子ども2人で、お金なし。。とにかく、奥さんと子ども達は奥さんの実家に移動。そこから更に腰痛がひどく、ぎっくり腰が月1回のペースで、身体がもうぼろぼろ。。

ここで、「諦めよう」とならないのが、アダルトチルドレンの悲しい性。。

24時間のほとんど労働に費やし、ちょっとだけ「飯食って=>うんこして=>ちょっと寝よ」をとにかく、数年間やっていると、あれあれ、売上がはじめて1000万円を超え始める(僕は因みに、東京にも大阪にも住んでいません。マイナー地方に住んでます)。

プロフィール:人生が好転

1000万円の売上から、そこからさらに増収と増益を繰り返し、なんかいい感じになってきたから、子供と奥さんを呼び戻す。そして、女の子がもう一人生まれたので、広い家を作ることを決断(あと、母親も今の彼氏と別れるので引き取らないといけないのも理由)。自営業だから、ローンは組めないだろうなぁと思ったら、奇跡で組めたので一軒家を建てた。家と土地で5000万円したけど、若い時に購入したマンションが11年住んだけど、150万円の利益がでたのが頭金(ここらへんは色々、テクニックあるから、またブログで書きます)。ほんで新車も購入。僕には一生無理だと思っていた、夢のマイホームとマイカーが無理せず実現。

長々と書きましたが、ざっくりこんな感じです。人生のほとんどが地獄でしたが、最近ちょっと良くなってきた感じです。こんな僕でも、やってこれました。その要因は、何(道具・サービス・人・グループ)を選ぶか、とういのが結構重要だったように思います。

言い換えるなら、「やらないことを決めた」というのも重要だったように思います。

実は最近、今はいいけど、また駄目になるんじゃないかっていう危機感も凄くあります。恐らく、これは個人的なことが理由というより、社会的な理由が大きいように思います。ほんのちょっと触れると、僕がやってきたのは、単純に「労働」で這い上がりました。しかし、21世紀は「労働」というものが消滅していくように思います。「あれ、はやりの人口知能(AI)」って思われた方もいるかもしれませんが、実はそれだけでなく、21世紀の社会は、ITと金融(グローバル規模の規制緩和)を加えるだけで、労働で収益をあげることが非効率化しています。さらに、そこに急速なスピードでAIが加わろうとしています。間違いなく、21世紀の中頃では、労働で収入を稼ぐというのは頭打ちになっていると思います。

分かる人には多分、この危機感は分かるように思います。

このブログの裏テーマは、実は、そう言う21世紀の次の10年に向けた「労働不要」時代に個人はどうサバイバルするか?みたいなことを日々書いていけたらと思います。

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